(4)対決《9月―頭の痛い季節》 ~2003年9月の記録 ∬第4話 対決 私の頭の中を占めていたのは、今月すでに通った3回分をきれいに払って、一刻も早く例の音楽教室にきっぱりと決別したい、ということだった。 翌土曜日がレッスン日に当たっていたので、その前に意思表示をする必要もあった。 辞める決心はとっくについていたが、横にトルコ人の味方がついているといないとでは、心強さが違う。学校へ行く途中で、「先に音楽教室へ行きましょう。私も直接話を聞きたいし」と彼女が言ってくれたのが、渡りに舟だった。 娘の始業式を見届けるやいなや、日本へとんぼ返りした夫に代わって、何か言われた時にはきっと彼女が助け舟を出してくれるだろうから。 いざ、例の音楽教室へ。 校長の部屋に通されると、私たちはチラっと目で合図を交わし、まず彼女が口火を切った。 彼女は「値上げについて、詳しく教えて欲しいのですが」と、やんわりと切り出した。 校長は、私に説明した時とまったく同じ慇懃な調子で、時おり笑みを浮かべながら新しい料金体系を説明し始めた。 話が「国民教育省からの通達」の下りに差し掛かったとき、私は思わず口を挟んだ。 「それを拝見したいのですが、見せていただけますか?」 校長はひるみもせず「もちろんですよ」と、膨大な資料のファイルを順にめくりながら探し始めた。 ようやく見つかった通達文は昨年度のものだったが、そこには確かに「授業時間あたり、第1期 40ミリオン、第2期 50ミリオン、第3期 65ミリオン」云々、つまりそこに提示された金額の範囲内で、自由に料金を更新してもよいという内容が表わされていた。 ということは、校長の話はあながち“でっち上げ”というわけでもなかったのだった。 「ですが・・・それを適用しなかったからといって、処罰が下るわけではないですよね。学校によって自由に料金は決定できるはずですよね」 現に、先日話を聞いた学校は、時間当たりの料金に換算すると、はるかに安かったではないか。 せめて辞める前に、学校の経営方針にチクリと釘を刺しておきたい。 私は次第に強気になっていった。 友人に目配せされると、反射的に「月謝が高くなり過ぎたので、もはや払えません。いや、払いたくありません」という言葉が口を突いて出ていた。 「今月の3回分を今までの料金でお支払いして、明日からレッスンには来ませんから」 表面は冷静を装いながらも、校長の顔は若干青ざめていたようだった。 「気を悪くしないでくださいね」 最後に握手をしながら教室を後にすると、気持ちがぐっと軽くなるのが分かった。 こんな金儲け主義の音楽教室なんか、早いところ決別してよかった。学校はきっと他にもある、と。 アンタルヤには音楽教室は数えるほどしかなく、理想的な教室なんて見つかる保証はどこにもないのだったが。 次は音楽教師に会って話を聞くために、学校へ。 授業が終わるのを待って、ご主人の方に話を聞くことができた。 「10月から、土曜日にオルガンとギターのレッスンが始まることになりましたよ」 「オルガンですか・・・。ピアノは・・?」 「ピアノは設備の問題がありますし、全員でというわけにはいかないので・・・。ですが、ご希望ならマンツーマンで家内の方が教えますよ」 「おいくらですか?」 「1時間25ミリオンです」 やっぱり・・・。25ミリオンとなると、専門的に教えてくれるピアノ教室となんら変わらない。 学校の音楽教師を決して見下げるつもりはないのだが、同じ習わせるのなら、なるべくピアノの専門教育を受けた人、指導法を徹底的に身に付けた人に、という願いは素人考えなのだろうか。 時間でレッスンを切り売りするのは、学校の教師とて同じ。懲りずに聞いたのが間違いだった。 学校のロビーに腰掛けて、友人と顔を見合わせた。 「どう?」 そう問う彼女の表情から、彼女には納得がいった様子が伺えた。 1週間に1時間で、1ヶ月に4回、100ミリオン。どう、適当だと思わない? 私の頭の中では、先日見学に行った音楽学校で聞いた言葉が響いていた。 1ヶ月にたった4回通ったくらいで、いったいどれだけのものが身に付くというのだろう・・・。 すぐには返答せず、暗い顔で悩む私の態度を見て、友人はもう一つの音楽教室のことを教えてくれた。 「コマシュ(スーパーマーケットの名前)の向かいにも一つあるのよ。もし関心があるんだったら、来週の火曜か水曜あたり一緒に見に行ってみましょうよ」 有り難い提案だった。選択肢は多いほどいい。いくつでも見学に行けるだけ行って、話を聞けるだけ聞いて、それからゆっくり決めればいい。 いずれにせよ、道はまだ遠し。そんな予感だけがしていた。 つづく ∬第5話 待ち合わせ |